身体を大切にゴールまで
音大生にエールもいよいよ最終回となりました。肝心の音大生よりむしろ中高年の方々から「元気になります」「やる気が出ました」などエールが届いている様子をお知らせいただいています。皆さん気分は音大生。大人になってから音楽を始めた読者は、まだ音大生の訓練年数に達していないかもしれませんし、音楽の勉強には終わりはないのでそれもよろしいかと思います。

ダイ・ヴァーノン Dai Vernon
カナダ出身のダイ・ヴァーノンは98歳まで生きた手品界の神様のような人です。7歳でマジックを知った彼は「私の人生は最初の6年間が無駄だった」と言いました。NYやLAのショーの舞台に立ち、多くの手品を編み出し、後世のマジシャンに影響を与えました。天才モーツァルトも然り、多くの名演奏家たちも死ぬまで音楽を続け、正に「音楽に彩られる人生」を送っています。たった51年の私の人生でも、音楽を通して得た出会いや印象深い体験が多く、過去を振り返ればBGM付きで思い出が蘇ります。映画のよう…といっても派手なアクションがある訳ではなく、とてもカンヌ映画祭に出品できるような作品にはなっていませんが。皆さんも、それぞれが自分らしい作品を生き、BGMの音楽がより良いものになるよう鍛錬してください。

スペインで見た、
サルバドール・ダリの巨大メトロノーム
最後の回でひとつ触れておきたいのは身体のこと。我々演奏家は肉体労働者といっても過言でないほど常に身体の問題と向き合っています。中でも声楽家は風邪ひとつひいても大変ですが、ヴァイオリニストの首周りの不調、管楽器奏者の顎や歯、呼吸器官、脳圧の問題、チェリストやピアニストの腰の問題などなど、音楽に関わる故障はよくあります。過酷な指練習で手を傷めたシューマンをはじめ、突然の麻痺で急に弾けなくなるピアニストも多くいて、原因は精神的なものの場合もあります。私は数年前から左上腕に痛みがあります。日常の労働や年齢が原因なのか、下手ゆえにこわばるチェロのポジションから来ているのかわかりません。また自分でよく分かっているのですが、ピアノで小指の方へ重みを移動しないで弾くと起こる痛みもあります。痛みの原因を理解して専門医なり、奏法なり、体操なり、解決策を見つけないといけません。水泳やピラティス、ヨガをやっている音楽家は多いです。

火災にあったパリのノートルダム大聖堂のオルガンが記念切手に。
右の方に切り取り線があるのが見えますか?
大きい封筒ならそのまま貼っても使えます。国際郵便用で1.65€
皆さんはBon vivant ボン・ヴィヴァンという言葉を知っていますか? 人生の快楽、特に食べる楽しみを指しますが、このBon vivantな音楽家は多いですね。料理好きの演奏家は刃物の扱いにも注意が必要です。ヴァイオリニストの友人は調理中の事故で左の指が一本だけほんの少し短くなってしまい、弦を抑える感覚が変わって苦労しました。私も包丁で指をうっかり切り、絆創膏を二重にしたけれど、チェロの弦を抑えるのはかなり力がかかりますからレッスンの終わりに血まみれになっていた事もあります。気をつけましょう。

フランスの田舎町で見かけた音楽教室。
ト音記号とヘ音記号がくり抜かれた鎧戸が可愛らしい。
それでは末筆に、皆さんがこれからも音楽と共に豊かな毎日を送られますように、改めてエールを送ります。私は自分が出会った生徒やチェロの可笑しなエピソードを漫画や絵本にしようと試みては挫折していますが、いつか書き上げることができるでしょうか。それまでお稽古に仕事に、残された時間を有効に生きたいと思います。お互い頑張りましょう。

イラスト by Jun INOUE