インスピレーションの源
作曲家はゼロから音楽を生み出します。具体的には初めにテーマとなるモチーフがあり、それが規則や型式に則って展開され、曲となりますが、そのモチーフは何かにインスパイアされてできます。

道で拾った5本指のような葉っぱの見事なグラデーション
インスピレーションの源は人それぞれ。森を歩き、小川を眺め、空を見上げる。ブラームスやベートーヴェンをはじめとする散歩好きの作曲家は多く、連なる山々、田園風景、夕暮れなど自然はインスピレーションの宝庫です。動物の動きや鳥の鳴き声もよく使われますし、人間の行動も然り。あなたの存在も誰かの創作のインスピレーションの源となっているかもしれません。あるいは壮絶な体験や旅の思い出、恋愛、そして夢。

手描きの絵が施されているボタンのコレクション
楽譜から音楽を読み取るために、演奏家は多くの勉強に加えて想像力と豊かな感性が必要とされます。リストが「エステ荘の噴水」を描いているのに、近所の暑い公園で小さな噴水を見てイメージを膨らませるのは困難ですし、ハンガリーやポーランドなど馴染みの薄い民族の生活や舞踊などがモチーフになっているのに、その片鱗を見たことも聞いたこともなければ意味を持って弾くことは不可能でしょう。曲にまつわる小説や詩、絵画などから演奏者は理解を深めることもできます。詩人や画家自身のインスピレーションや情熱の元は何だったのか。

南仏の某工場地帯の冬の海で見つかる美しい貝を拾い集めて色んなオブジェを作るのが私の趣味
では最も曲を理解しているはずの作曲家自身の演奏が最も素晴らしいかというと、そうでもありません。やはり演奏家の技術の方が優れていたり、違うアプローチで曲を理解して、それが意外にも作曲家の想像を超えて良いものになることもあります。それを聞いて作曲家が手直しを加えるなんて事はよくあります。
ロストロポーヴィチのような優れたチェリストと同時代に生きたプロコフィエフやショスタコーヴィッチがお互い影響し合い、音楽の歴史が大躍進したこともあります。
私たちの日常にはどんなインスピレーションの源が転がっているでしょうか。美しさに人は感動し、刺激を受けます。花びらの均一な並びや貝殻の曲線など身近なものから、数学の素数、黄金分割、棋士が碁盤の中に見る宇宙、音の余韻、色のグラデーションなど、毎日は興味深いことで満たされています。

ラヴェルの家
モーリス•ラヴェルが最後の16年を過ごしたパリ郊外の家ベルヴェデール。今は博物館となっている小ぢんまりとした一軒家には、彼がインスパイアされた旅のお土産や好きな小物が溢れています。彼には子供がいませんが、子供のおもちゃやミニチュアの置物がたくさんあり、オペラ「子供と魔法」や「マメールロワ」の世界が伺えます。家のテラスから見下ろせるちょっと和風な庭や、ラヴェルがよく散歩をしたランブイエの森も眺めることができ、ここで瞑想したりインスピレーションを受けて生活した様子がわかります。使っていた歯ブラシまで残されているんですよ! ラヴェルはここでピアノ協奏曲2曲やツィガーヌ、ボレロなどを書きました。

ラヴェルの家の裏には見晴らしのよい丘があります。
無神論者だったラヴェルには15分毎に鳴る鐘の音が嫌だったとか。
私の家にも小さな庭がありますが、思いつきで色々植えたり切ったりするので、私の頭の中の混乱が再現された状態です。この夏の酷い干魃で枯れた芝生もあり、今のところ私のインスピレーションの元になるどころか、何とかしなければと心の負担になっています。
9月からフランスは新学年がスタートします。新入生が入ってきて、夏休みボケから生徒も先生も目覚めなくてはいけません。私も気持ちを新たに音楽も庭も頑張ろうと思います。
次回はいよいよ最終回です。お楽しみに。

綺麗なフクシアの花