オンラインレッスンと
電子ピアノ

私はiPadを譜面台に裏向きに乗せて、自分のピアノの鍵盤を映しながらレッスンしています。
対面でない音楽のレッスンは、コロナ禍以前には考えられませんでした。しかし慣れとは恐ろしいもので、押しつけられるうちに、先生も生徒もうまく使いこなせるようになり、今では一つのレッスンの形になりつつあります。昨年故郷スイスに帰ってしまった生徒に、私も未だにレッスンを続けていますし、アラブ首長国連邦へ2年の予定で近々引っ越す生徒には、その間のフォローをお願いされています。また長い休みごとにマケドニアの祖父母の家で過ごす兄弟も、インターネットが繋がるなら私がどこにいようとレッスンしたがります。まったく知らない相手では難しくても、定期的に見ている子なら非常時のツールとして使えなくもないと、慣れてきている自分に驚きます。
学校が閉まり、すべてオンラインレッスンになったとき画面を見て驚いたのが、生徒たちのピアノの酷さです。最近の初心者は電子ピアノがとにかく多い。椅子も食卓椅子だったりと適当で、傾き具合や高さも調整せずに座っています。それから、さすがヨーロッパと苦笑いしてしまう骨董品レベルのピアノ。調律は415hrzか? 音が所々ビヨーンと延び、タッチもバラバラ。ペダルが壊れてる。またはピアノは家具になっていて、水の入った花瓶が上に置いてあるし、ffで弾いたらドミノ倒しになりそうな数の写真盾が並んでいる。もうひとつ気になるのがピアノの置き場所。ピアノという大きな物はゆったりしたいサロンにはやはり邪魔なのでしょうか、玄関といっても日本式に靴を脱いで段差があるわけではないので、ドアを入った直ぐのスペースに靴箱や小箪と並んで、なぜかピアノがあるというパターンもよく見かけます。人が出入りして気が散るだろうに。他にも階段の踊り場や風の通り道、えっ、ここ?そこで集中して練習できるの⁈という環境をとても多く見ました。

今年のパリの夏は猛暑続きです。
弦や管は電子楽器がそこまで普及していませんし、持ち運びもできますから、この悩みはピアノの先生ならではです。
電子楽器が良くないのは音質の勉強ができないから。音符を読んで弾くだけなら構いませんが、響きやタッチ、和音のバランスの勉強にはなりません。出ている音を聴かないことには手の形の説明しようがありません。楽器の響きに醍醐味があるのですから本当にピアノが好きなら、電子ピアノで満足できるはずがありません。音の綺麗なマレイ•ペライアが、今日はモーツァルトの協奏曲を電子ピアノで弾きますと言ったら、入場料100円でも誰も聴きに行かないでしょう。いや逆にペライアがそんな事を⁈と見に行ってしまうかもしれませんが。
そんな私は、今まで何度か電子ピアノで弾かされた経験があります。ウン千万円の楽器を奏でる共演者の横で、まるで対等な響きも音量も出せず、カラオケの機械のような気分になります。良い演奏でしたと言われても、何がですか?速さですか?としか答えようがありません。
以前、コルシカ島のフェスティバルで、電子ピアノを担いであちこちの村へ出掛け、毎晩野外演奏をしたことがあります。ある時、山の中の広場みたいなところで開催した際、チェリストの椅子が無いことが判明。結局椅子をチェリストにあげて、私は電子ピアノを立って弾くという、もう何屋さんですか?状態でした。
こんな事もありました。レバノンから天才ピアノ少年が来るから聴いてほしいという依頼。うちに来たら、スイッチはどこですか?と聞かれました。それだけでびっくりしてしまい、少年が何を弾いたかは覚えていません。

トルコ人のエムレ君。親の仕事の関係で滞在した3年間、一緒にお稽古をしました。
ひと昔前にはなかったオンラインレッスンに電子ピアノ問題。耳が腐らないか心配です。
現役音大生達は幼い頃から電子音に馴染みがあって、私とは違う聞こえ方、捉え方をしているのでしょうか。