なにか
私が学生だった頃に、ベルリン・フィルハーモニーの指揮者として素晴らしい人気を誇っていたヘルベルト・フォン・カラヤンがこう言っています。
「楽譜は、この世で最も不完全な情報伝達である」と、、。楽譜に書いてあることは作曲者の思い100%ではないのです。
【13】に『徹底して楽譜に忠実に演奏することで、作曲者からのご褒美を受け取る権利を得ることが出来るのです。あくまでも忠実に!!1音たりとも、楽譜に書いてないことをやっては、ご褒美を貰えません』と書きました。この褒美が「なにか」です。
この先は、学生時代に考えていたことではなく、44年の演奏家生活で体得してきた「なにか」です。先ずは楽譜へのアプローチで「なにか」です。
- 発する音(声)の1音たりとも、音量の変化しない音は存在しない。
気持ち良くのばしている長い音、フレーズの最後の音は特に注意が必要です。 - つまり、全ての音が、次の音に向かってクレッシェンドあるいはデクレッシェンドしていなければならない。1音たりとも「動いていない音」があってはならない。
- 1音たりとも感情を伴っていない音を出さない。全ての音は感情の色が付いていなければならない。
- そのために、これから演奏するフレーズ(歌詞)の色が付いた「息」を吸わなければならない。無色の息を吸ってはならない!!悲しい歌は、吸った息がすでに悲しい!喜びの歌は、喜びの息で胸を満たしたから、喜びの歌が流れだす!
ミュンヘンで、世界的なバス歌手ハンス・ホッター氏に、ご自宅で一年間ご指導頂きました。いつも怒られてばかりでしたが、ワーグナー作曲のオペラ『ニュルンベルクのマイスタージンガー』の中のアリアのレッスンを受けていた時、先生は、頭から煙が見えるのではないかと思うほど怒っていらして、、とうとう歌い出されました。
その最初の息を吸われた瞬間に「色の付いた息を吸う」ということを知ったのです。
オペラの場面は、歌手達の歌合戦で、伝統派と突然現れた若者の新しい歌との間で舌戦が始まり大騒ぎになります。その後、自室に戻った主役のハンス・ザックスは、あの騒ぎはなんだったのか、、と自問いし歌い始めます。「ニワトコの花の香りが優しく鼻をくすぐる、、この平穏な時間の中で、、、」と、この歌詞を歌い出す前に、ホッター先生は、確かに、ニワトコの「花の香り」で胸を満たされたのです。素晴らしい瞬間でした。
【17】では、楽譜に書き込まれていない「音符はいびつ」を書きます。
【15】の写真は、『こうもり』のフロッシュです。頭は地毛ではありません、カツラです。